思い出は、そっと心に。

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「いろんな思い出、あったなぁ……。」 段ボールから荷物を出していき、新しい場所に収納しながら、俺は呟く。 「思い出って、素敵よね。私も、あなたとの思い出を懐かしんでいたら、他の人との恋に前向きになれなかったの。」 他愛もないタイミングで、妻が初めて自分の事を打ち明ける。 「……それは、初耳だった。」 「うん。言ってないもの。」 そんな楽しい会話を交わしながら、片づけはどんどん進んでいく。 「でもね。」 不意に、妻が呟いた。 「思い出は、簡単に捨てちゃだめだと思うの。辛い思い出だって、悲しい思い出だって、必ず自分を成長させてる。だから……。」 なんとなく、妻が言おうとしていることが分かったような気がした。 出会った事実を消し去ることなんて、出来ない。 思い出を無かったことにするのは簡単だが、そんな思い出によって成長した事実を消すことは、出来ない。 出会いも別れも、成功も失敗も…… 全て、自分の人生を支えてきた、大切な宝物。 だから。 (思い出は、そっと心にしまっておこう。いつか、いろんな思い出を噛み締める時間が、長くあるように……。) 思い出は、多い方がいい。 自分の人生を振り返ったときに、思い出が少ないと、寂しくなるから。 今日は、晴天。 絶好の、引っ越し日和だった。 そして…… 人生途中で、人生を振り返った日。 人への感謝を思い出させてくれた日。 そして……今日この日が、新しい思い出を作る、スタートライン。 「なぁ……。」 「……なぁに?」 「この家で、たくさん幸せな思い出、作っていこうな。」 とても恥ずかしい台詞だったが、俺は言っておきたかった。 これもきっと、恥ずかしい思い出になるから。 「……もちろん。あなたと一緒なら、つまらない毎日だってきっと、思い出になるわ。そうしたら……そんな大切な毎日も……。」 妻の言いかけた言葉の先も、なんとなく想像できた。 大切な毎日も、そっと心に留めておこう。 いつか、幸せだったと振り返れるように。 悔いのない人生だった、と胸を張れるように。
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