思い出は、そっと心に。

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「せーーーーーのっ!!!」 引っ越し業者を頼めばいいのに、レンタカーで軽トラックを借りて、自力で引っ越しをすることに決めた、春。 独り暮らしには大きすぎる冷蔵庫を、後輩たちと運ぶ。 「先輩……なんでこんなにデカい冷蔵庫、買ったんすか……」 「うるさい、この歳で独り暮らしだったんだ。見栄も張りたくなるだろ。」 「まぁ……おかげで俺たちの酒まで冷やしてもらって助かってましたけど。」 やれ腰が痛い、手を挟んだなどと言いながら、ようやく軽トラックに冷蔵庫を載せる。 「酒……か。よく集まって飲んだよなぁ……。」 この冷蔵庫に、野菜や魚など入ったのはごくごく一時期だった。 バイト先で賞味期限で廃棄する弁当をこっそりもらって入れておいたり、ビールや酎ハイばかりが入っていた。 それでも、皆で集まって飲むのには重宝したもので……。 寮生活のい多い会社の若い衆たちが、アパート暮らしの俺の家によく集まったものだ。 もっとも、その理由が…… ……男女寮が分かれていたから。 まぁ、理由はどうあれ、自分の家に仲間たちが集まってくれるというのは、嬉しいもので。 料理など振舞えない俺は、良くこの冷蔵庫から無駄に買い足しておいたビールを配っていたものだ。 「……結構いい冷蔵庫ですよね?……本当に、貰っていいんですか?」 引っ越しを手伝いに来てくれている後輩のひとりが、申し訳なさそうに俺に訊ねる。 「かえって、貰ってくれた方がありがたいんだよ。処分するにも、リサイクル費がかかってさ。捨てるものに金払うよりは、タダで人に譲った方が経済的にも優しい。それに、俺にはもう必要のないものだからな。」 長い間世話になった冷蔵庫とも、これでお別れ。 少しだけ名残惜しさを感じたが、飲み会エピソードは俺の心の中に、楽しい記憶として刻むことにした。
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