思い出は、そっと心に。

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「さて……これで全部ですね。そろそろ出発しますよー!!」 パンパンに荷物の積まれた軽トラック。 逆に、何もなくなった、部屋。 「この部屋でも、いろいろあったなぁ……。」 高校を卒業してから、実に約10年も、このアパートで暮らした。 実家からも遠くなく、それでいて居心地の良かった、このアパート。 「10年、ですもんね~。」 隣のお兄さんと仲良くなったり、向かいの棟のお姉さんと、少しだけイイ感じになったり……。 下の階の人が間違って部屋のドアを開けることもあった。 たくさんの人が遊びに来て、様々な恋模様を彩って…… 俺自身の淡い恋、切ない恋……そして、恋の終わりの舞台となった、このアパート。 容易に思い出される、心の残った思い出。 もちろん、『10年』という歳月には、思い出に残らないような、何気ない時間もあったわけで……。 「……先輩?」 俺は、その全てを回想するかのように、立ち尽くしてしまっていた。 「あぁ……悪い。先に行っててくれ。俺もすぐに行くから。」 「早めでお願いしますよ?あっちで待ってますからね!!」 勢いよく発車する、軽トラック。 俺はそれを見送り…… ゆっくりと、何もない部屋を歩いた。 「こう見ると……意外と広かったんだな、ここ……。」 家具が無くなり、すっかり広くなったこの部屋。 俺はゆっくり思い出を噛み締めるように、ただ歩く。 「今日で、この部屋ともお別れ、か。」 次の新居は、俺史上最高の家と言えるだろう、そんな場所。 そこに比べたら、ここは本当に小さくて、狭い場所。 そんなこの場所に…… 「お世話に、なりました。」 まるで高校の部活動で、最後の試合の後にグラウンドに挨拶をするかのように…… 玄関先で、俺は10年間生活したこの部屋に向かい、深々と頭を下げた。 「今日は、いい天気だ。」 雨じゃなくて、良かった。 今日が引っ越し日和で、本当に良かった。 すがすがしい気持ちで、俺はこのアパートを後にできるから。
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