思い出は、そっと心に。

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ゆっくりと歩きながら、新居へと向かう。 軽トラックで後輩たちは向かった新居だが、それは荷物が多いから。 距離的には、充分徒歩で行けるところにある新居なのである。 「近いとはいえ…もう、この道も歩かなくなるんだなぁ…」 職場は変わらない。 ただ、アパートと新居では少しだけ方角が違う。 疲れ果ててフラフラと歩いたこの歩道も。 いつ潰れるかハラハラしながらも、結局10年経った今も営業している商店。 少し前までは空き地だったのに、いつの間にか出来た公衆トイレ。 「…あ。」 ふと、遠くを見やる。 アパートの裏山、頂上付近。 さほど高くはない、その山の頂上には、山吹が咲き乱れていた。 美しい、黄色。 「こんなに目立つ花に、俺はこれまで気付いてなかったんだなぁ…」 …そう思うと、少しだけ悔いが残った。 同じ町内。 それでも、引っ越しとは感慨深いもので。 いつも歩いていた道から、いつも車で走っていた道を歩き始めたとき… …何故か、自分は別世界に入ったような気がして… 「気分って、こんなに変わるのか。」 その自分の気分の変わりようについ、吹き出してしまう。 住んでいた頃は、みんなの溜まり場だったけど、独りでは寂しい我が家。 引っ越して振り返ってみると、そこはやっぱり寂しい佇まいで。 不便だ不便だと文句をいっていた収納の少なさも、何だかんだで少しだけスペースが余って。 職場まで近いから、と借りたのに、結局歩いて職場にいくのがしんどく思えた、アパート。 新居から職場は車で通勤。 上司や職場の愚痴を独りでこぼしながら、夜中の風を感じて帰ることも、もう無くなるわけで……。 「なーんか、センチメンタルって感じだな…」 まるで、修学旅行の次の日のような、辛くない寂しさを俺は感じていた。
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