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マジか。この眼鏡っ娘、マジか。『目立たないように気配を殺して生きてるもん』って……本気で言ってんのか? そのビジュアルで?
「いや、名前は普通に覚えるだろ。あんた、目立ってるし」
「え……」
あ、絶句した。そんで、俺を見た。
転んだ時に顔を覗き込んだ時が一度目。逃げようとした松雪を名前を呼ぶことで立ち止まらせた時が二度目。これが三度目。今、ふたりの視線が最も強く絡んでいる。
そんな驚くことか? 顔のサイズに合ってない大きな眼鏡に、外してるところを見たことがないグレー地の手作りマスク。結構なパンチ力を持ってる見た目だぞ。
教室の隅っこで孤独に俯いてても、てゆうか、だからこそ視界に入るに決まってんのに。
授業で先生に指名されることだって、日直当番だってあるんだから、クラス全員にあんたの顔と名前は周知されてる。空気読んで話しかけてないだけだ。
「まぁ、あんたが『松雪さん』だって気づいたのは、俺の名前を呼ばれてからだけどな」
松雪の名前を知ってる理由は彼女のビジュアルにあるから、柳はそれを告げない。飲み込み、話題を変えた。
「あ、私が呼んだから?」
「そうそう。最初に声かけた時は気づいてなかったよ。俺の知ってる松雪さんはベリーショートだからさ。眼鏡とグレーのマスクって共通点があっても、帽子からはみ出てる三つ編みのせいでわからなかった。——もし聞いていいなら、どっちが本当の松雪さんなのか教えてくれる?」
学校で見知っている松雪と、今、相対している松雪。髪の長さが違う理由を、柳は知りたかった。
いや、普通にカツラかなって思ってるけど。なんとなく本人の口から聞きたい。聞き出したいって思ってしまった。なんとなく、だけど。
「……いいよ。ただ、私も聞きたいことある。それを先に聞かせてくれたら言ってもいい」
「聞きたいこと? もしかして、俺に?」
意外にも、松雪からオッケーが出た。先ほど、松雪本人であることすら『人違いだ』と否定して逃げ出そうとしてたというのに、即答で。
「うん、柳くんへの質問。——ねぇ、柳くんも、どっちが本当の柳くんなの?」
「え……」
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