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「ごめ……なさ……」
小さな謝罪とともに、相手の白作務衣から手を離す。
薮蛇だった。引きとめたりしなければ良かった。余計なことを聞くんじゃなかった。そうしたら、こんな質問返しを食らうこともなかったのに。
「無理……さよならっ」
「えっ? あーっ、ちょっと待って!」
「きゃあっ!」
——ザッ
「痛っ……」
痛い。転んだ。
「ごめん! 大丈夫っ?」
勢いよく転び、玉砂利の上に右半身を横たえた松雪の視界に、男の焦り顔が飛び込んできた。
「ごめん! 俺が引きとめたから……ごめんっ」
違う。あなたのせいじゃない。私が転んだのは自分のせい。
ずっとしゃがんでたから、急に立ち上がろうとした動きに膝が反応できなくて、かくんってバランスを崩した。そのまま地面に右肩から突っ込んだ。あなたは悪くない。
「だ、大丈夫? ほんと、ごめん!」
おろおろと声をかけてくる男に、松雪は口を開く。真実を告げなければ。あなたが謝る必要はないと。
「……柳、くん?」
けれど、松雪の口から零れたのは、別の言葉。それまで、目の前にいたのに、白作務衣のズボンと足元しか見ていなかった相手の名前だ。
玉砂利の上で寝転んだまま、通常とは九十度違う景色を背景にその時初めて顔を見た相手は、同級生。
柳くんだ。この人、柳くんだ。間違いない。
一度も……というか、人種が違いすぎて挨拶すら交わしたことないけど。この、異様に整った顔立ちと派手なピンク色の髪は、誰とも視線を合わせないようにしてても不意に視界に入ってくるから、覚えちゃった。
どうしよう。こんなとこでクラスメイトと会っちゃった。しかも、〝あの柳くん〟と……!
——玉砂利の冷たさと硬い感触を右半身でグリグリと感じながら、松雪は動揺しまくっていた。
「え? なんで俺の名前、知って……ん? あ、そのレンズのデカい眼鏡とマスクは……ま、まさかっ」
松雪を指差して目を見開いているピンク髪の男子は、孤独で影の薄い松雪と真逆の存在。
常に人の輪の中心にいる人気者、軽音部の柳だった。
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