【一章】三田優:②

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「どうして?」 「だって、自殺ってものすごいエネルギーというか、労力を費やすんです。まぁそれは生きるための労力だったわけなんですけど、自殺するってことは元来持ち合わせている、そのエネルギーを全て放出するわけだから、すごい勇気もいるし、疲れる行為なんです。それを放出できた人の辿り着くエンディングだと思うので、三万人もの方々がその勇気を振り絞ったかと言ったら疑問ですよね。それができなかった僕がいるわけだし」  三田はドリンクバーから持ってきたコーヒーを一気に飲み干した。からからの喉に潤いが戻り、生きている実感をする。先程までに自殺をしようとしていた人間が生きている実感を噛み締めていることに、情けなくて笑えてきた。  結局のところ、自分は放出しきれなかったのだ。生きるためのエネルギーを捨てるために使えなかった。この世に未練なんてあるはずもないのに、それを本人が否定してしまった。これが僕はどうしたらいいのか。三田の心に不安が募る。 「三田さんみたいな人って決して稀なんかじゃないんだよ」  神倉が三田の手を握った。握られてはじめて自分の手が震えていたことに気付いた。 「三万人もの人が自殺をしているけど、実際に三田さんの言うエネルギーを放出できる人なんてほんの一握りなんだよね。自己防衛本能みたいな言い方をするのかな。それが人間としての本能なんだし、仕方がないことだと思う。ただし、『渡し舟』はだからといって、自殺を止めて全うに生きようぜ、なんてことは言いません。逆です」 「逆?」 「自殺したくしても自殺できない人に、そのエネルギーを放出させてあげるのが俺たちの仕事。自殺のお手伝いってやつさ。だからこれだけの人が死ぬことができているわけ。もちろんちゃんと正規に自殺している人の方が多いけど、俺らみたいな仕事も需要は絶えない。こんなご時世だからねえ」  けたけたと神倉は歯を見せながら笑った。しかし、三田は神倉の話を頭で反芻して最後の方は全くといって聞いていなかった。
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