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「おかわり持ってこようか?」
神倉の一言で、三田はストローで口に運んでいたアイスコーヒーが空になっていることに気付いた。
「アイスコーヒーでいいかな?」
神倉はすっと立ち上がり、三田のコップを手に取った。すいません、と呟くように御礼を言い、アイスコーヒーを頼む。
「気にしなくていいよ。その代わりちゃんと理由を聞かせてもらっていいかな。自殺の理由をね」
最後の一言だけ三田の耳元で囁き、ドリンクバーへ向かった。
洗いざらい全て話して楽になった方がいいかもしれない。僕が恭香のもとへ行ける最短の道は、おそらく彼が持っている。否が応でも思い出し、口にするのも憚られる自分の想いを彼に打ち明けることで、自殺の一歩を踏み出せるのなら、簡単なことだ。恭香もいない。僕もいずれいなくなる。いなくなれば、赤の他人が僕の想いを知ったところで、何の価値も無いだろう。死人に口なし、後悔はない。僕は恭香のいない世界が耐えられない。ただそれだけなのだから。恭香が望むと望まざるに関わらず、僕はそうするべきだと心から確信している。
神倉がアイスコーヒーを持ってこちらに歩いている姿が見えた。背筋をピンと伸ばした姿勢のいい歩き方は、こんな世間から外れた生き方をしている人間には思えなかった。だらしなく伸ばした髪を整え、明るい服装に身を包めば、どこの就職先でもやっていけそうに思える。もちろん就職はそれだけだはないが、彼ならきっと大丈夫だろう。たった数時間の出会いだけなのに、三田は神倉に対して強い興味を持った。何故彼がこの世界に足を踏み入れたのか知りたくなった。
いや、と三田は思い直した。僕はもうすぐこの世から消えてなくなる身。知ったところで意味はないだろう。
「お待たせ」
すっとナプキンを下にして、アイスコーヒーを三田の前に置く。ドリンクバーから二人の席まで少し遠いため、コップには汗が滴っていた。滴り落ちた水滴はナプキンに吸い込まれ跡形もなく消えた。それを見届けた三田は、ゆっくりと口を開いた。
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