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【一章】三田優:③
相澤恭香と出会ったのは、一年ほど前のことだった。三田が、バイトをしていた個人経営の居酒屋に彼女が同じようにバイトとして入ってきたのがきっかけだ。肩にかかる程度の長すぎないセミロングは清潔感を与えたし、今時の女性のはずなのに染めたことが無い、という彼女の主張を裏付けるような艶やかな黒髪。デニムとTシャツというシンプルな装いでも、健康的な身体のラインは程よい肉付きで女性として魅力の出る膨らみが目立ち、三田の心を刺激した。しかし、三田にとって何よりの魅力は恭香の内面にあった。快活な面を見せ、誰隔てなく笑顔で会話する器量を持ち合わせながら、決してずかずかと輪の中心を陣取ることのない控えめさもある。周囲には適度な距離を保ち、傲らず深入りしない彼女の姿勢は頼もしさは元より、逞しさがあった。
適当な性格を気前の良さという都合のいい言葉に言い換えて親しまれる店長から「新人さんにいろいろ教えてあげて」と頼まれたこともあり、三田と恭香は同じシフトを組むことが多かったことも、彼女に惹かれた要因だったのかもしれない。三田は決して周囲から邪険にされるようなルックスではないが、人見知りで内向的な性格から異性に対し、積極的に前に出ることはほとんどなく、彼女が出来ても、長く続くことはなかった。
「優くんは、決して悪い人じゃあないの。優しい人なのよ。だけど、それだけじゃ女は物足りないのよ」
大学に入ってから付き合った女性は三人いたがどの人からも別れ間際に必ずこの言葉を捨て台詞に引用された。結局この言葉の真意は、彼女から聞かされることはなかったが、三田の女性の接し方をさらに躊躇させるには十分すぎるほどに動揺させた。
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