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「三田先輩は彼女いないんですか」
恭香の教育担当になってから三度目のバイトの時だった。五月半ばの梅雨の前兆なのか、蒸し暑さが、客の喉にビールを良く通す。閉店間際で客もまばらになると、三田は明日の仕込みに入る。大学入学してすぐにこのバイトを始めたので、もう四年目になる。ここまで長く続けていれば、バイトとはいえ、いろいろなことを店長から任されることも多かった。恭香は客が汚した机を丁寧に拭き、三田の仕込みの終了を待つ。店長から夜道は危ないから送ってやれ、と言われているからだ。おそらく三田が車を持っていることも起因していたことだろう。恭香はもう私服に着替えていた。そんな時、三田に質問を投げ掛けた。
「え、何か言った?」
もちろん聞こえてはいたが、聞こえない振りをした。おそらく恭香は自分の暇潰しに、もしくは静寂の間を埋めるためにやむを得ず当たり障りのない質問を投げ掛けたのだろう。わかりきっていたことだが、激しく動揺し、どう答えるべきか詰まってしまった。
「だから、三田先輩は彼女いないんですか」
再度一字一句同じ質問が提出された。
「いないよ」
正直に答える。もしかしたら……と少しでも考えてしまっている自分が恥ずかしい。
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