【一章】三田優:⑤

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【一章】三田優:⑤

「長い回想は終わったかい」  気づくと男――神倉は三田の真正面に立ち、こちらを見下ろしていた。吸っていた煙草は机上の灰皿に潰したようで、灰皿から細い煙が一筋天上に昇っている。どれくらい回想に耽っていたのだろうか。手には汗が滲んでいる。この期に及んでまだ生への執着があるのかと思うと辟易する。 「すいません」 「別に俺は構わないよ。こうやって待つのも仕事のうちだから」 「もう準備は万端なんですよね」「三田さんの心の準備が整えばね」  そう、後は自分次第――。部屋の静寂が三田を包み込む。緊張すれば緊張した分だけ、三田を押し潰すように重くのしかかる。 「まだ緊張してるのかい」  神倉はたまりかねたのか、諭すように三田に話しかける。 「自殺するのはエネルギーがいるって三田さんが言った言葉だけど、それは、俺もすごい共感しているんだ。せっかくエネルギーをすべて自殺につぎ込もうとしている人が、変な執着から緊張にエネルギーを費やしちゃってもったいないよね。別に俺は自殺を推奨しているわけでもないけど、いつまでもうじうじ決断できない人は見るに耐えないよね。死にたい人に頑張って生きようぜ、なんて言葉はかけたくない。だってその人は生きることに苦痛を覚えているのに、まだ苦痛を味わえなんて言える? 無理でしょ。だから死にたい人にはちゃんと死んでほしい。だけど、生きたいなら生きたいっていいなよ。余っているエネルギーを自殺じゃなくて生きることに使っちゃってもいいんじゃないの?」 「神倉さん。いろいろすいません。僕、死にます。緊張もまだ正直しているけど、それもひっくるめてあの世に持っていきます。きっと彼女はそんなことを望んでいないんでしょうけど、その御叱りはあの世で聞くことにします」
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