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遺書には相澤恭香と出会ってからの想い出も綴られていた。しかし、文面にはどこにも彼女を恋人だと謳った表現はされていない。それもその筈だろう。元来、三田優は嘘が吐けない性分なのだ。おそらく相澤恭香が死んだと聞かされ、咄嗟に口にした『相澤恭香の恋人』という悲しい嘘。死人に口なしとは良く言ったものだ。
しかし、本当に悲しいのは吐いた嘘ではない。相澤恭香にはれっきとした高崎陽翔《》という彼氏が存在したということだ。この時点で彼の悲しい想いであることは大方判断できた。三田優本人には言及できなかったが、悲しいかな、この遺書が証明してしまった。それでも私は彼が相澤恭香を苦しめた直接のストーカーではないと思っている。彼は相澤恭香に好意を抱いていたが、変質的に追い回す行為をするような人物に見えなかった。遺書に書いてある通りの行為をしたとしても、彼女をあの狂気的な自殺を引き起こすきっかけになるとは思えない。彼はただ純粋に相澤恭香を愛していた。それだけの話だ。
「さて……」
私は煙草を灰皿に押し付けた。気付けば二本も吸ってしまったようだ。喫煙所のスペースが煙に覆われ、動く度にゆらゆらと揺れる。
被害者、相澤恭香とそのストーカー、三田優。二人の死によってこの事件は幕を下ろすのか。これが本当に自殺で、事件の当事者がこの二人なら、おそらくそうだろう。しかし、この事件の明星はまだ先のはずだ。
私はエレベーターに乗り、三田優の現場に向かう。機械音がごうごうと鳴り響くなか、揺られる時間が悪戯に永く感じた。
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