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「いや、そういう訳じゃないんです。だけど、ここじゃ話せないことなので」
「わかった。じゃあ遅くなることを伝えるから、気にせず話してくれればいいよ」
「本当ですか! ありがとうございます。じゃあ仕事終わりにいつものとこで待っています」
いつもの調子に戻り、竹田は但馬の席を後にした。但馬はやれやれ、といった調子で嘆息し、携帯を取り出した。妻に連絡をするためだ。
『帰り遅くなる。後輩からの相談を受けた』とメールを打つ。すると五分も経たずに返信が来た。
「何時?」
冷めきった文章と捉えられがちだが、但馬も似たような文面で打つことが多く、それに彼女のそういった端的に意見を述べるところに惚れていた。
「わからない。どうやら深刻な様子」
「わかった。じゃあ、先に寝ておく」
「ありがとう」
「明日は晴日の相手してあげて」
「了解」
妻とのやり取りを終え、辺りを見回すと、竹田がこちらを心配そうに見つめている。但馬は小さく右手でOKサインを出し、仕事に戻れ、と払うように彼を促した。安堵した表情の竹田を見た但馬は、子供を思う親のような朗らかな気持ちになったところで、昼休みのチャイムが鳴った。今日は全く小説が進まなかったと、後になって但馬は嘆く。
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