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引き戸を開けると、竹田が手前の席に座っていた。畳が敷かれた六畳程の和室の中央には木目のテーブルがあり、それを挟んだ向こう側に二人の男が座っていた。一人は良く見知った顔だった。店長、と声をかける。
「どうかしたんですか」
店長――秋永英二は、但馬の顔を見ると、はは、と笑うだけで質問に答えようとはしなかった。いつもはもっと底抜けに明るい男のはずだが、昔の自分を失念したかのような、変貌ぶりだった。
もう一人の男は但馬にとっては初対面だ。なのに、但馬の顔を見て、「どうも」と気軽に話しかけるあたり、但馬の苦手な人種であることは理解できる。膝をたて煙草を燻らせながら、但馬の動揺や秋永の不審な動きを見ても何にも感じていない印象だった。全身を影から掬いとったような黒で統一された服装。だらしなく伸びた髪は寝癖なのか一本一本が反発しあうように四方八方へ捩じれている。
「あの……あなたは?」
但馬の問い掛けで、男はようやく状況を理解したと思ったが、俺は大丈夫ですよ、と答えるだけだった。
「いや、大丈夫とかじゃなくて」
「だって、俺ビール持ってますけど」
平然と答える男に但馬は絶句する。自己紹介を促したつもりが、お酒の催促だと勘違いされていたとは。思わず、ああ、そうですか、と答えてしまいそうなほどに自然な返しだった。
「あなたが誰か、と聞いているんですが」
「ああ、そういうことね」
勘違いを恥じるわけでも無く、そっちの方ね、とぼやきながら一枚の名刺を取り出した。
「人生相談センター~渡し舟~ 営業 神倉蒼汰」
よくある詐欺まがいの勧誘じゃないのかと訝しげに男――神倉を睨む。
「二人に何か用ですか?」
「その前に言うことありませんか?」
神倉も但馬を睨み返す。声色は低く、腹を殴るような声で但馬に訴えた。
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