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顔を上げると、男が立っていた。全身を黒色に染め上げた服を身に纏った男は少しだけ笑みをこぼしている。
「え、いや、あの……」
どう答えていいのかわからず、しどろもどろになっていると、男はそっと三田の目の前に手を差し出した。三田はそこで自分が倒れたまま呆けていることに気付き、すいません、とあたふたしながら男の手を握った。
「お兄さん、自殺するの?」
無遠慮に質問をしてくるが、どことなく嫌な想いはしなかった。
「まあ、そう……ですね」
「なんか、あったの? 会社でヘマして窓際に追いやられたとか? その若さで借金取りに終われて首も回らない状態だとか?」
「いや、そんなじゃ無いです」
「まぁ自殺する理由なんて、その本人じゃなきゃ理解できないことばかりだからねえ」
男は飄々とした態度で掴みどころがない。彼は一体誰なのか、その疑惑が次第に大きくなっていく。
「あの、あなたは……」
意を決し、男に尋ねる。
男は「俺のこと?」と、まるで他人事みたいな反応を見せたが、男は胸ポケットから一枚名刺を取りだし、三田の前に見せる。
名刺には「人生相談センター~渡し舟~ 営業 神倉蒼汰」とゴシック体で記述されているが、三田にとってこの手の呼び名を冠する人は、辟易するほどに無駄な時間を過ごした記憶しかない。
「話は取り敢えずどこか店に入ってしようか。お兄さんにとっても決して無関係な話じゃないし。これからについて話がしたい」
男――神倉はそういうとさっと立ち上がり、出口まですたすたと歩き出す。三田のことを振り返ることもしないのは、絶対に着いてくるという自信からなのか、後に続かないといけないような焦燥感も生まれてきた。
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