【一章】三田優:②

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「『渡し舟』、ですか」 「会社の看板としては、『人生の道半ばで疲労や虚無感、絶望を感じた貴方へ――私たちが新しい光へと誘う渡し舟となります』 これが方針」 「他の似非集団と変わらないじゃないですか」  神倉は慌てるなと手で三田を制する。 「これは表向きの話だ。本来の意味合いはまるで違う」 「本来?」  胡散臭さはどうにも抜けないが、三田は取り敢えず耳を傾ける。 「渡し舟となるのは、実際は新しい光ではなく、あの世への道に対してなんだよ」  神倉は別段嘘を吐いているようには感じず、至って真剣な表情で三田に語りかけている。 「日本という国で、年間にどれだけの人数が自殺をしていると思う?」  急に質問された三田は腕組みをして考える仕草を見せる。 「ご、五千人とか?」  神倉は指を三本立てた。 「三万」 「三万?」  少し多目に言ったつもりだった三田は、思わず声を大きく張り上げた。 「そう、三万人。この数字は調べようと思えば、簡単に出てくる。なんなら今調べてみても構わない。他人の口より自分の目って昔から言うしね。とにかく日本という島国で三万人もの命が自分の意思で捨てられているのが現状だ。理由はたくさんあるだろう。三田さんのような方だっているし、経済状況の悪化からという人もいるだろうね。様々な理由の中から人は自殺を選択し、命を捨てる。年間約三万人。一日当たり、約八十人。一時間で三人から四人。今まさに誰かが身を投じているかもしれない。だけど、三田さんが思い止まったおかげで、若干減少したかな」 「それが『渡し舟』とどう関係するんですか?」 「三田さんは自殺者の数を聞いてどう思った?」 「いや、思ったよりもすごく多いな、と」  素直に思ったことを述べる。 「そうだよね。それが正解。でも純粋にこの数字だけ見たら、三田さんならどう考える?」 「そうですね……」  禅問答の様相を呈してきたが、三田は案外嫌な気持ちにはならなかった。これが向こうのやり口なのか、神倉の人間性なのかはわからない。 「本当に自殺した人が三万人もいたのかなって思います」
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