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バスの窓から見える緑色は徐々にその存在を消して行き、灰色のアスファルトが風景を侵食していった。僕の心も同様に、新生活への期待や希望から、拭いきれない不安や悄然とした気持ちが僕を蝕んでいっていた。はやくも郷愁か。僕は自分で自分の弱さを笑った。
ポケットの携帯が震えた。大方、母親だろう。普段は無関心なくせにこういう行事ごとになると彼女は母親としての自分に酔い、途端に過干渉になる。
僕には優秀な兄がいた。今彼がどこで何をしてるかは知らないが、きっとどこかで成功してるんだろう。母は兄を愛した。別に恨んでる訳じゃない。兄は優秀だし、愛嬌もあった。僕が親でも無愛想で不出来な弟より兄を愛するだろう。
ただ、放っておくなら最後まで貫いて欲しかった。要所さえ押さえれば良いというような、時たま愛せばこれまでの負債を返せると思っているような、そんな態度は僕の心を乱すだけだった。この彼女を煩わしいと思う気持ちは、僕がまだ子供だからだろうか。大人になれば笑えるのだろうか。
家のことを考えると、また一つ不安感が増した。乗り物酔いはしないタチだったが、腹をかき回されるような不快感がして、冷や汗が滲んだ。
ポケットが再び震えた。今度はなんとなく、母親じゃない気がした。携帯を見る。差出人は、タカヒロだった。
【頑張れよ】
酷く簡潔でぶっきらぼうな言葉。この短い文は僕に鮮明に彼を思い出させた。突然、なんだと言うのだろうか。普段から真面目な会話をし合う仲では無かった。別に、気を許してない訳じゃなかった。ただ、なんとなく気恥ずかしくて冗談で自分を守っていた。それを突然なんだと言うのか。こいつはいつもそうなのだ。腹立たしいヘラヘラとした顔付きとは裏腹に人をよく見ていて、他人の感情の機微に人一倍敏感だった。普段の軽い言葉とのギャップと、あまりのタイミングの良さに思わず視界がぼやける。悔しい。彼には僕の不安を感知するセンサーでも付いているんだろう。僕の心を読む魔法が使えるんだろう。そうでなければ、説明がつかない。
都会に向かうバスは都心に行くにつれ、徐々にそのスピードを落としていった。信号で一時停車をする。窓の外に目をやる。街中の小さな花壇に黄色の花が咲いているのが見えた。
【お前もな】
努めて平静を装って返信をした。でも、どうせ彼には見抜かれてるんだろう。だって彼は。
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