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悟の考えが分からない。ロングスプリントのために生まれてきたような体幹と筋肉の整った身体を持っていながら、走ることへの気概が感じられない。
「お前は走れるのに。……誰より速く走れるくせに、何で自分からそれを手放すんだよ!」
「手放したわけじゃないよ」
悟はむっとしたように反論口調で言った。
「いつかお前を抜かして、練習の賜物だって言ってやるつもりだったのに……俺はもう、お前と走ることもできないんだ……何でだよ、何で俺なんだよ……走る気ないなら代われよ!」
もう視界が潤むこともない瑞希の眼から、大粒の雫が零れた。
ちくしょう。誰にも涙は見せないつもりだったのに。
悟は何も言わなかった。走ること以外では本当に張り合いがない奴。
「……何だよ」
「いや、そもそも俺、瑞希には負けないしー」
「くっそむかつく!」
こんな奴に公式戦で一度も勝てなかった自分が悔しい。
悟の辞書には場を読むといった言葉はない。呆れて八つ当たりする気も失せてきた。服の袖でごしごしと顔を擦る。
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