きずな

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 開けた窓から入る風が、懐かしい潮の香りをのせてくる。  退院してからもいきなり寮生活に戻るのは厳しく、瑞希は実家に帰っていた。  何をするにも不自由しかなく、いままでどれほど視覚に頼って生活していたかが身に沁みて分かる。白杖を使っての歩行も、家の中でなら危なげなくできるようになった。外を歩くのは、一人ではまだ不安がある。  母が作っていった昼食を冷蔵庫から出す。分かりやすいように一番下の段の一番右に入れてある。それを電子レンジで温める。500Wのボタンは一番右上。その下のボタンを3回で3分。これくらいはもう見えなくてもできるようになった。食べ終えると皿を下げて、ランニングマシンのスイッチを入れる。  こんな高い買い物を親に頼んだことはいままでなかったが、両親は快く買ってくれた。医者も、やりたいことがあるのはいいことだと褒めていた。なかなか生きることに希望を見いだせない人も多いのだそう。  瑞希は別に生き甲斐を見つけたわけではない。ただ、自分が走れることに気づいてしまったから、走らないという選択肢がないだけなのだ。先のこともそろそろ考えなければならないけれど、まだその気にはなれずにいる。  たとえ家の中だとしても、走るのは楽しい。それに、ここだと潮風を感じながら走っていられるから、いつまでも続くと思っていた懐かしい頃を思い出せる。砂浜で悟と走っていた頃が、一番楽しかったかもしれない。  薄い汗を滲ませて走りながら、瑞希はそんなことを考えていた。  明日は土曜だから、悟が来る。
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