旅行のついでに。

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 埃まみれの勉強机と椅子。整えられているが、埃が被ってしまった、桃色のベッド。窓枠には、黒猫が佇んでいる。黄色と目が合う。 「しゃああ」 毛を逆立たせ、俺に出て行けと命ずる猫は、もうあまり動かない。そっと近寄り、頭を撫でると、落ち着きを取り戻した。もう、あまり目が見えないのだ。近寄らないと、俺のことすらわからない。  振り返ると、本が大量に詰まった、五段の本棚が、二つ。片方は小説、片方は漫画。姉さんは、ドラマやバラエティー、ニュースこそ見ないものの、アニメは好んでいた。運動もできて、優しくて、頭も良くて。本当、弟がこんな出来損ないで、申し訳ない。  鞄から、一冊の色褪せた本を取り出し、本棚の空いているスペースに入れる。 「姉さんは、人間失格の良さをわかって欲しいって言ってたよね。俺ね、去年、なんとなくわかった気がしたんだ。姉さんが、太宰さんの作品を好んで読んでいる理由」 現代人が共感できるような、道化師。目立たないよう、疑われないように笑うことは、この国では、きっと、常識なのかもしれない。 「でも、まだわからないことがあるから、今も毎日読んでるんだ。わかったら、お墓参りにでも行くよ」 お盆や正月などの行事にしか、墓地にはいかない。姉に追いつくため、伊月と肩を並べるためにと、決めたこと。 「それとね、今度、連山村ってところに行くんだ。事件の解決だって。田舎とか好きだし、旅行のついでにとか、できないかな」 無理矢理笑うと、足元で黒猫が鳴いた。餌でも欲しいのだろうか。 「……じゃあ、ね。行こう、クロ」 クロを抱きかかえ、部屋を後にする。ついでに夕食でも作って、風呂も入れておこう。あとは、出かける準備もして、原稿も進めて……。  クロの餌やりと夕飯を終え、一人で浴槽に浸かる。今日聞いた村の話。あれはきっと、誰かに洗脳されている。ただの感ではあるが、精神異常ということは、拷問でも受けたのだろう。現地に行かないとわからないことは多いが、伊月となら、きっと大丈夫だ。 「いッ」 今になって、後頭部が痛み出した。俺は、本当に運が悪い。幼馴染はある意味サイコパス。バレンタインのチョコを持ち主の前で落とし、チョコと心を砕く。そのあと謝っているからまだいいが、普段は人間らしく振舞っているせいで、明るみには出ていない。
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