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そのために自然と少ない労力ですむ案件を優先するようになってしまい、放置していた問題が大きなトラブルに発展することもあった。
報告書を書き終えた幸治は、音無を送り出して帰路に就く。
今日は久しぶりに充実感を味わえた一日だった。
どんな小さなことであれ、問題が解決に向かうと心地がよい。
ここのところ、成果がはっきり表れない仕事ばかりだったため、彼はなおさら気分がよかった。
「おかえりなさい。さっき沸いたばかりだから先にお風呂に入っちゃって」
帰宅するなり美子が入浴を勧める。
なにかあるな、と幸治は思った。
美子は相談事や悩み事があると、決まって食事の時に切り出してくる。
先に風呂に入れというのは、後でじっくりと話をしたいという合図なのだ。
「ミサキはもう食べたのか?」
「まだよ。お父さんと一緒に食べる、って」
幸治はふたつの安心をした。
ミサキが同席なら、そこまで込み入った話ではあるまい。
娘に聞かれてもかまわない程度の内容ということだ。
もうひとつ、彼女にはまだ反抗期は来ていない。
さすがにもう一緒に風呂には入ってくれないが、親子の対立がないのは精神的には楽だった。
「分かった、じゃあ早めに出てくるよ」
浴室に向かった幸治と入れ替わりに、ミサキが部屋から出てきた。
「お父さん、帰ってきたでしょ」
「そうよ。勉強してたの?」
「明日、小テストがあるからちょっとだけね。お母さん、英語得意?」
「少しはね。中学レベルの文法なら、まだ記憶に残ってるわ」
ミサキが小学生の間は勉強を見ていたが、中学生になって量も範囲も増えると、美子の手には負えなくなってきた。
何年に何が起きたとか、どこにどんな山脈があるかとか、必要でないかぎり、大人になっても覚えている人は少ない。
家庭教師でもつけようか、と美子が思っていたところに幸治が出てきた。
娘に嫌われたくないのか、しっかり部屋着に着替えている。
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