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「特に何もないようですね――」
と、言いかけた幸治の目が泳いだ。
植え込みに何かがいる。
草に隠れて小さな双眸がきらりと光った。
「あ、かわいい!」
少し遅れてそれに気付いた赤座は、そっと屈みこんだ。
「猫ですよ、それ?」
幸治は無意識に二、三歩退いていた。
植え込みからチョコンと顔を出しているのは黒猫だ。
伏せたままの姿勢で顔だけ出しているようで、表情には分からないものの近寄ってきた人間を怪しむように見上げている。
「猫はね、目を見るとケンカの合図になるんですよ。だからもし目が合ったらゆっくりまばたきするといいんです」
「見ませんよ、そんなの」
言うより先に彼は顔をそむけていた。
「どこから来たの? ここで寝てるの?」
赤座は猫撫で声で言った。
黒猫のほうはそんな赤座をじっと見つめていたが、彼女がいっこうにいなくならないので、のっそりと立ち上がってどこかへ行ってしまった。
「あらぁ……」
名残惜しそうに後ろ姿を見送る赤座。
幸治はほっと息をついた。
「猫、好きなんですか?」
「猫、嫌いなんですか?」
2人が同時に問うた。
あっ、と声を漏らして幸治たちは笑った。
「だって、かわいいじゃないですか。小さいし、丸っこいし、かまってほしそうにするけど、遊んであげると急に怒ったりするところも……」
猫の魅力を語る赤座は、つい先ほどまでの仕事のできる建設課の顔を完全に捨て去っている。
頬もゆるみっぱなしで、身振り手振りで幸治に共感を求めた。
だが彼はというと、
「猫とか、犬もダメですね。意思疎通ができないというか、何を考えてるか分からないじゃないですか。次にどういう行動に出るか分からないところなんかが特に苦手なんですよ」
こちらも誰からも愛されるちいき課の仮面が剥がれ、嫌悪感を隠しもしない呉谷幸治になっていた。
「そうですか? かわいいのに……」
赤座はかわいいを連呼した。
「さあ、もう帰りましょう。早く戻って報告書を書かないと」
幸治は逃げるように公園を出た。
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