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事務所に戻ると音無はまだ残っていて資料整理をしていた。
「おかえりなさい。遅かったですね」
「ただいま。田沢と野瀬は帰ってきましたか?」
「2人とも直帰だそうです。ボランティア団体との打ち合わせが長引いているみたいですよ。大変ですね」
音無がコーヒーを淹れて幸治に差し出した。
「大変ですよ、飲み会は」
彼は皮肉を言ってやったが、音無には意味が分からなかったようだ。
コーヒーを飲みながら報告書を作成していた幸治は、机に張ってあった付箋の大半がなくなっているのに気付いた。
「関係部署に回したんです。どう考えてうちじゃないものもありましたから」
「そうなんですか?」
言ってから失礼だったか、と幸治は思った。
音無は仕事は疎漏なくこなすが、能動的というワケではなかった。
課の窓口という自覚があって、日常業務は回っていたから積極的に働きかける必要も、仕事について提案することもしなかった。
いわゆるルーチンワークを淡々とさばくだけのタイプだと幸治は思っていたため、彼女の行動に驚いたのだ。
「何もかもできるワケじゃないですよ。それができるなら他の課なんて必要なくなりますから」
そう言う音無の意見はもっともで、課長にも聞かせてやりたかった。
「そうですね……そのとおりだと思います」
幸治はとたんに彼女を頼もしく感じるようになった。
自分たちの仕事は理解されにくい。
同じ課とはいえ内勤の音無でさえ幸治たちが外で何をして、どんな成果を上げているかは分からない。
そこに今のような声をかけてもらうと、彼も励まされたような気持ちになる。
「N町のほうはどうでした? 件数が多かったと思いますけど」
「まあ、順調ですよ。何人かと顔を合わせましたけど、そこまで怒っている感じでもなかったですし」
幸治は言うが、実際にはお叱りも受けている。
税金を払っているのだからしっかりやれ、という口調は特に年配に多かった。
「看板は今後、建設課と一緒にやるとして、しばらくは後回しにしていた案件を順番に処理しようと思ってます」
ちいき課には明確なノルマや方針がない。
音無を含めて6名の人員がそれぞれに動いている。
一応は課長と呼ばれる人間もいるにはいるが、それは名ばかりで実際には他と同じように現場を飛び回っているのである。
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