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小動物を飼う、という行為そのものは彼も賛成だった。
いわゆるペットと呼ばれていた時代から、コンパニオンアニマルという呼称が広まった今、動物に対する人間の見方や扱いはずいぶんと変わった。
犬や猫を家に招いて、その世話を通じて子どもの情操教育に役立つという意見もあり、幸治はそれへの理解があった。
だから美子の言葉を受け容れて猫を置けば、ミサキも心の優しい子に育つかもしれない。
その意味では無礙にはできない申し出だった。
しかも先ほどの反応のように、ミサキ自身も猫を飼いたがっている節がある。
それを拒めば妻子を縛っていることになりはしないか、と彼は逡巡した。
「苦手なんだ。じんましんが出る」
理由は彼も分かっていない。
遠くから見るだけなら平気だが、手の届く位置まで来ると総毛立ってしまい、体は硬直してしまう。
「えー、かわいいのに」
という娘の感想も幸治には理解できない。
「やっぱりダメよね……」
美子はあからさまに落ち込んだが、無理を通してまで飼おうとは思わない。
「すまんな、なんとか我慢できればいいんだけどな。それにしても突然、どうしたんだ? テレビでやってたのか?」
「そうじゃないの。仕事の帰りに仔猫を見つけてね。それで、つい……」
「なら親がいるかもしれないだろ。誘拐みたいなものじゃないか」
「まあ、そう言われれば、ね」
動物嫌いからではない正論に、美子もそれ以上は言えなくなった。
「なんだ、結局飼わないの?」
「こればかりは、ちょっとな」
「次のテストで100点取っても?」
「ペットはご褒美じゃないぞ。命をそんなふうに考えるな」
幸治としては娘を諭すために発した言葉だったが、その言葉に誰よりも反応したのは彼自身だった。
「どうしたの?」
呆気にとられた様子の夫に美子は訝りながら問うた。
「いや、なんでもない……」
幸治は頭を振って残しておいた味噌汁を飲み干した。
(なんだ、妙な感覚だな……)
この夜、彼は違和感の正体が気になって、なかなか寝つけなかった。
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