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入ってすぐの植え込みを覗く……が、仔猫の姿はない。
耳を澄ませてみても鳴き声はしない。
「やっぱりいないか……」
一周して帰ろうと思った美子は、奥に誰かがいるのに気付いた。
彼女の位置からは掃除道具などを収納している倉庫の死角になっていて見えなかったが、女が隠れるようにごそごそと何かをやっている。
年齢は美子とそう変わらないだろう。
スポーティな服装で、見るからに活発そうな風貌である。
「…………?」
女は周囲より一段高くなっている植え込みに小皿を並べ、そこにドライフードを入れていた。
その周りには何匹かの猫がいて、行儀よく待っている子、鼻先で皿をついて急かす子、フードの入った袋に手を伸ばす欲張りな子などがいた。
「はいはい、ちょっと待ってね。ちゃんと全員にあたるから」
もちろんそんな言葉を理解してくれるハズもなく、気の早い猫は他を押しのけて自分の餌にありつこうとした。
「あの…………」
かけられた声よりも先に足音を聞きつけた女はさっと振り返って美子の姿を認めると、敵意を込めた視線を彼女に向けた。
「なんですか?」
あなたに迷惑はかけていない。
咎められる謂れはない。
何もルールは犯していない。
だから何の問題もない。
訊き返すその声には、それら全ての意味が含まれているような響きがあった。
初対面にしてはずいぶん失礼な感じだ、と美子は思ったが、
「いつもここでお世話されてるんですか?」
声をかけたのは自分だからと遠慮がちに続ける。
「そうですけど」
答えた女はすでに目を逸らしていた。
邪魔だからどこかへ行け、と言わんばかりに美子にわざと背を向けて猫たちの面倒をみている。
「一昨日、ここで仔猫を見たんです。白い――」
「あの子は死んだよ」
「え……?」
あまりにもあっさりと死を告げられて、美子は色を失った。
女は特に気にも留めない様子で、手に頬ずりしている黒猫を見ていた。
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