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 今こうして直接触れていても、初めてこの部屋に来たときのような強い匂いを感じることはできない。俺はそれを惜しいと思っていることを自覚していた。発情期以外のオメガの匂いにあてられて獣化をコントロールできなくなることなど、思春期以来のことだ。純血種のオメガには、混血種以上にフェロモンを放出する機能が備わっているのか。それとも偶然の出来事だったのか。彼のことは、まだわからないことだらけで純粋に興味があった。ただそれだけだ。 「どうだ、だいぶさっぱりしたんじゃないか」  顔と腹の下の方は手を出せなかったが、表面的にはずいぶんと綺麗になった。最初に思ったとおりだ。整えられた毛並みは美しい艶を放っている。 「じゃあ、また来るから」  最後にもう一度触れようとして、やめた。犬猫ではないのだ。首を振って立ち上がろうとしたとき、彼が音もなく上半身を起こした。 「……どうした?」  膝立ちの俺と、目線の高さが急に近くなった。一瞬、鋭い緊張が背筋に走る。だが予想に反して、彼は俺に向かってわずかにこうべを垂れただけだった。  眩暈が起きたような感覚だった。すぐ目の前に、若い男が裸で座っていた。白とも銀色ともつかない頭髪が、同じくらいに白い肩の上にさらりとかかっている。伏せられた目がゆっくりと正面を向く。明るい黄金の瞳だ。  身体がしびれたように動かない。喉から音を出すことすら叶わなかった。とろけるような濃密な匂いが鼻腔からするりと侵入してくる。  彼は再びまぶたを伏せ、俺の腕を手にとった。捲り上げた袖口からは、彼の牙が描いたまだら模様が見えている。その傷痕をじっと見つめたあと、おもむろに顔を近づけた。     
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