3

4/8
333人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
 赤い舌が傷の上を這っていた。彼の高めの体温が、湿った感触から伝わってくる。青白いほどの肌から覗く赤色はあまりにも鮮やかで煽情的だった。ぞくぞくと背筋から甘い毒が回っていく。息を詰め、ぶるりと身体を震わせたとき、彼と視線が交差した。 「ご存知かと思いますが」  蔦川のほうに意識を傾けながら、俺は続ける。 「三日前に保護した純血種のオメガが、先ほどヒト形態に戻りました。彼は『シン』と呼ばれていたと言っています。ひとまず、今後はそのように呼ぶことにしましょう。少なくとも基本的な会話を交わすことはできそうです」  ちいさな会議室の中でざわめきが生まれる。蔦川が頷き、ゆっくりと立ち上がった。 「さて、無事にヒト形態に戻ったということで、やっと試験の話を進めることができる」  やや芝居がかった語り口はいつものことだ。聴き手の注意を引きつけるまで、ぐっと間を置く。 「まずは、保管してある純血種と混血種の両方の凍結精子を用いた受精卵の生成が目標だ。そこから遺伝子変質の観測と理論検証を行う。さらにラットで成功している近交退化抑制法を適用する。これがメインの取り組みだ」 「ちょっと待ってください」  話をさえぎらずにはいられなかった。危険性の高い試験を、ラットからいきなりシンに適用するだと? 「シンには遺伝病の兆候もなく、健康状態は極めて良好だ。なにをそれほど急ぐ必要があるんですか」 「急ぐ必要がないと思っているのか?」  蔦川は片眉を上げて俺を制した。     
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!