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 一方で、蔦川がシンにこだわることには明確な理由がある。裏社会には、純血種の獣人をまるで愛玩動物のように扱い、収集したいという悪趣味な人間が多くはびこっていた。人間と交わることを拒み、ひっそりと暮らしていたはずの純血種を捕獲し、ただでさえ少ない純血種同士で無理矢理交配させる。そのようなことが世間の裏側では平然と行われていたのだ。  そうして生まれた純血種は、運よく保護されたとしても数日で命を落としていた。それでも、ブリーダーやブローカーと呼ばれる繁殖や仲介を行う業者は、今でもしつこく存在しつづけている。つまり見つかっていないだけで、なんらかの理由で近交退化を免れている個体がいると考えられ始めていた。――まさに、シンのように。  そもそも獣人は、人間と交わるまでは、人間よりも圧倒的に小さな集団の中で種を保っていたのだ。獣人の純血種は、生物の救世主となりうる秘密をもっているのかもしれない。そう期待するのは自然な流れだった。  灰谷が指摘したとおり、シンは、この上なく<価値>のある被験体だ。頭では理解している。俺はこの分野の専門家であるという自負もある。 『サカキ』  シンの口から初めて聞いた言葉は、俺の名前だった。灰谷が俺を呼ぶのを聞いていたのだろう。自分がつけた傷を撫で、『悪かった』とつぶやいた。ほとんど拗ねたような言い方だった。繊細さを感じる相貌と、傷を舐める妖艶な姿からは意外に思えるほど幼い少年の仕草だ。     
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