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 首から下げているカードをかざす。軽い電子音とともにランプは緑色に変わり、ドアのロックが解除された。重い扉の向こう側に、もうひとつの扉。施設と、そして保護された彼ら自身を守るために、部屋は堅牢なつくりになっている。  彼は眠っていると言っていたが、それは間違いだ。扉を開いた瞬間、尖った耳がわずかにこちらを向いたのが見えた。呼吸は浅い。部屋の端にベッドがあるにもかかわらず、彼は冷えた床に伏せている。頭の近くまで歩み寄り、俺は膝をついた。湿った鼻先が、口輪の隙間からわずかでも俺の匂いを嗅ぎとろうと、ちいさく膨らむ。  彼はまだ若いようだ。体長は一メートルほどか。成獣だとすれば小柄のほうだろう。痩せてはいるが、不健康なほどではない。豊かな毛におおわれた太い尾は、身体に沿って丸められている。  ()()()オオカミ族の純血種――数少ない研究資料に記述されている通りの外見だ。だが、写真や映像に残されていたどのオオカミよりも、彼は……美しい。俺はほかに形容する言葉をもつことができなかった。それに、この匂い。近づくと一層強く立ちのぼる甘い芳香が、理性を溶かそうと脳内に侵入してくる。  繊細な白い顔には、武骨な口輪はあまりにも不似合だった。手を伸ばして留め金を外す。床に置こうと視線を外した瞬間、背中を床に強く打ちつけていた。腕に鋭い痛みが走る。 『榊さん!』  天井のスピーカーから灰谷の焦った声が響いた。     
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