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 絵本の表紙を指先でとんとんと叩く。かんたんな単語ならわかるというのだろう。驚いた。通常、<繁殖>だけを目的とするブリーダーは、余計な知識をつけて反抗しないようにと、教育を与えることはないと言われている。つまり、獣人とはいえ、ただの獣のように――食事、睡眠、そして生殖行為を行うことだけを教え込む。言葉すらも、まともに教わらないことも多い。俺が唯一保護に立ち会った純血種は、基本的な質問にすらまったく答えることができなかった。  マフィアのボスが、子どもに絵本を読み聞かせていただと? 「ダディが家の外で何をやっていたかは知らない。でも、ほとんど毎日おれのところに来てくれてた。ひとりじゃつまらなかったから、ダディが来てくれるのはうれしかった。本も読んでくれるし」 「本が好きなのか」  シンは目をしばたかせ、ふいと視線を逸らした。ときどき、こういった天邪鬼な仕草をする。  それにしても、シンはよほど寵愛を受けていたようだった。少なくとも保護されるまでの間、彼の生殖機能が成熟してもダディはシンを手放さず、<繁殖>に用いることもなかった。他の混血種と引き合わせることも滅多になかったようだ。もし発情期が来ていたら結果は違ったのかもしれない。数々の偶然が交差した先にシンがいた。  生きていてくれて、よかった。ダディという男がほかに数多くの悪行をはたらいていたとしても、シンを生かしてくれていたことだけは感謝しなければならない。 「サカキは、ほかのオオカミに会ったことがある?」  シンは身体をよじり、ベッドの上の俺の手に鼻を寄せた。 「ダディのところには、オオカミはいなかった。サカキが初めてだ。他の人と違う匂いがする」     
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