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「ヒトとしての社会は面倒なことが多すぎる。だから、完全に獣化できたら、と思うことはあった。完全に人間の姿を捨ててしまいたくなるときが、今でも時々あるんだ」  シンの姿は、俺の理想だ。初めて見たときの衝撃は、その後何度彼を見ても褪せることはなかった。当の本人は、「ふうん」とつぶやき、首をかしげている。 「でもさ」シンはふたたび仰向けに伸びた。 「おれたちと同じだったら、サカキはもう、死んでたかもしれないよ?」  なんの気負いもない言葉だった。純血種はすぐに死んだという事実が、シンにとってごく当たり前で、他人事ように刷りこまれている。親兄弟を失ったときの記憶がないからだろうか。それが幸せなことなのか、そうではないのか俺には判断できない。 「……獣人の純血種は本来、人間の純血種よりもずっと長命だったと記録されている。さらに多くの機能や特長をもっていた。アルファ、ベータ、オメガの性もそのうちの一つだ」  シンの薄く透けるような髪をすくい上げ、指の腹で撫でる。 「男性のオメガが女性と同様に妊娠や出産が可能であるのは<進化>だと今では考えられている。長い間、純血種の獣人が人間よりも小さな集団の中で交配を繰り返しても絶滅していなかったのは、出産が可能な性が増えることで、遺伝子の多様性が保たれていたからだという説がある。――難しいか?」     
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