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「すぐにかなえられるものと、すぐにはかなえられないものがある」
正直に答えたほうが良いと思った。嘘はあっさりと見抜かれると思ったからだ。
シンの強い視線が俺に絡みつく。
「外に、出てみたい」
ふっとシンが視線を逸らした先は、窓があるはずの壁だった。
「ダディはいろんなものをくれたけど、家の外には絶対に出してくれなかった。あの家も、窓がなかった。本で見た空も、山も、海も――おれは、見たことがない」
俺は、美しい毛並みをなびかせて自由気ままに野山を走り回るシンの姿を想像した。人の姿であっても、長い手足が舞うように躍動するようすを思い描くのは簡単なことだった。それは、とても自然な姿だ。
「すぐにとはいかないが、必ず外へ連れていく。約束する」
「本当に?」
一瞬にじみ出た喜びの色が、すぐに懸念へと変化した。
「用心深いな」
「……ダディが、簡単に人を信じちゃいけないって何度も言っていたから」
ダディ、ダディ。シンの口からダディという言葉が出てくるたびに、腹の底に仄暗い感情が澱のように溜まっていく。
「シン、ダディはもういない」
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