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わずかな不安が的中した。
床に転がった空のカップを拾い上げる。これはもう使うことはできない。シンはひゅっと息をのんで俺を見た。途端に顔が赤くなり、膝を抱える。
「シン、――」
「ダディが」
ダディ? シンは勢いをそがれたように口を閉じた。俺は先を促す。
「汚いことだって、怒ったんだ。おれが汚いものを出したらいけないって。そのときのダディは怖かった。もう絶対にしないって約束した。怖かったから。あんなダディは見たくない」
「シン……」
「でも、ダディはもういない。おれはサカキの言うとおりにするって約束した。だから――」
気づいたときには、俺はベッドに乗り上げてシンを抱きしめていた。
「俺が悪かった。きちんと話を聞いてやればよかった。おまえは悪くない」
薄い背中の皮膚に背骨の感触が浮き上がる。ゆっくりと撫でさすり、乱れたシンの感情をなだめる。
シンの中でダディは変わらず大きな存在だ。自分にとって唯一の存在から拒絶される恐怖は根強い。
「やろうとしたけど、怖くて、おれ――」
「いいんだ。無理しなくていい」
腕の中のシンが強く首をふる。
「おれがきちんとやれば、サカキは約束を守るって言った」
「シン、それは」
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