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昇りつめたシンの身体がぐんと跳ねる。透明な容器の底に白濁がたたきつけられ、細かい飛沫が周囲を白く塗りつぶしていく。
数度痙攣した身体は、突然重力をともなって胸の上に落ちてきた。ぐったりとしたシンは宙を呆然と見つめ、半開きの唇から熱い息を吐き出している。
見開いたままの瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。
駆け出しそうになるのを堪え、直線的な廊下を足早に進む。視線の先で、曲がり角近くの照明が不意にちらつき光を失う。ぽっかりと浮かんだ薄い闇に足を踏み入れたとき、角からぬっと人影が現れた。
「うわっ……あれ、榊さん?」
灰谷は大げさにのけぞり後ろへ一歩下がった。相変わらず足音がしない男だ。
「それ、シンの精液検体ですか」
「……ああ」
手に持つ容器の中身を目ざとく特定される。俺たちにとっては見慣れた容器だ。だが俺はコレから灰谷の視線を外したかった。腕を下ろした俺を、灰谷は複雑な表情で見ている。
「榊さん、本当に大丈夫ですか?」
「なんのことだ」
「気づいてないんです?」
「だから何がっ――」
灰谷の手が俺がもつ容器にすっと伸びた。意識をする間もなく腕を強く振り払う。「ほら」という声と盛大なため息で我に返る。灰谷は腕をさすりながら首を振った。
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