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「獣化した状態で市街地の飲食店等へと侵入し、食料を得て逃走。各地で器物が破壊され、怪我人も出たため警察に捕獲要請が来たそうです。野生の大型犬かなにかと思って麻酔銃を打ったところ、ヒト形態で倒れていたということですが……」
シンのときとは異なり、ヒト形態で麻酔銃を受けたということか。
「現在血圧が非常に低い状態が続いています。それから全身にガラスによる切創。幸い傷は浅く出血は少ないですが、感染症には気を付けないと」
「助かるんだろうな」
「外傷だけでは、なんとも……」
慌ただしく動き回る人々の隙間からでは彼の姿を正確に捉えることはできない。背は高いようだが、年齢はわからなかった。治療台から垂れ下がる頭髪は青みを帯びた灰褐色だ。
「榊さん、検査結果が出ました」
灰谷が紙を手にこちらへ向かってくる。
「どうだった?」
「遺伝子検査のほうは――」
資料を受け取ろうと伸ばした手が空を切った。
「蔦川室長……」
「灰谷、ご苦労だったな。資料は私がもらっておく」
蔦川は紙面に一度だけ視線を落とし、わずかに口の端を上げた。そのまま大きな歩みで医療スタッフに近づいていき次々に激励を送る。彼らの顔からは緊張の色が消え、自信が満ちていくが見える。
百獣の王のアルファ。その群れを率いる能力に、今はまだ俺自身の力は遠く及ばない。
「灰谷?」
振り返ると、灰谷が蔦川の背中を射抜くような目で見つめていた。
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