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リンが藪から棒に言った。
「ツメ切ってよ」
わたしは自分の指先を見せて答える。
「昨日、切ったけど」
「じゃなくて、ウチのツメ」
文芸部の部室はしんと静まり返っていた。
野球部の走り込みの掛け声が聞こえ、また遠ざかっていった。
「は?」
わたしは短編集から顔を上げた。
「なんで?」
「右利きだから」
「……うん?」
「右手のツメを切るの難しいじゃん」
「そりゃね、そうよね、わかるよ」
「だから、ツメ切ってよ」
「わたしが?」
「ほかに誰かいる?」
文芸部はわたしとリンの二人きりだ。
積み上げられた古本は黙りこくっている。
「いないけど」
「ほら」
リンは長机の上に手を出した。
小指だけを立てて、ほかはグー、指切りげんまんの形だ。
左手でツメ切りをよこす。
わたしはそれを受けとった。
「小指だけ?」
「ううん、一本ずつ、やって」
「パーにしなさいよ」
「いーじゃん、勝手でしょ」
わたしはリンの手をじっと見た。
なにか隠しているんじゃないかと思ったからだ。
見つけたのはマニキュアだ。
素人技でビックリマークが描かれていた。
近頃のマニキュアは変わった図柄がオシャレと聞く。
「嫌なの?」
「……いいけど」
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