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「あの、すみません。旅の者なんですが、少しお話できますか?」
「はぁい。何かご用で……」
気さくな返事に安心した。風貌も清楚というか素朴な感じで、接しやすそうだ。振り向いた顔も満面の笑みだし……と思った瞬間だ。途端にその顔は青くなって小刻みに震えだす。そして絹を裂くような声でこう罵るのだ。
「キャアァッ! 変態ッ!」
女性の顔から穏やかさは完全に消えていた。まるで殺人鬼や猛獣に遭遇したかのような、警戒と恐怖に染まりきっている。
この豹変ぶりに僕は言葉を見つけられない。まさに二の句を接げない状態だ。そうして手をこまねいていると、追撃の罵声が叩きつけられてしまう。
「来ないで! こっちに来ないでぇぇ!」
彼女は町の奥へと逃げて行った。呆然とするばかりの僕を残して。
ーーあぁ。何やってんのよ。あんな若い娘を怯えさせちゃってさ。きっとトラウマになってるよ?
「いや、初対面で罵られた僕もそこそこトラウマを生み出してますが……」
ーーおや、あそこにも誰か居るよ。めげずに行ってきな。
「はぁ……。何なんですか、これ?」
僕は促されるままに一軒家の方へと歩み寄った。そこには椅子に浅く腰掛け、キセルを楽しんでいるお爺さんの姿がある。
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