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逃げ去ろうとする個体は一頭もいなかった。草っ原を駆け抜けては寝転がり、あるいは仲間内でじゃれあったりと、心底楽しそうにはしゃいでいたのだ。どうやらオリヴィエの言う通りらしい。遠くに行かなければ魔物に襲われる心配もないので、下手に干渉することは止め、道端の柵に腰掛けて成り行きを見守る事にした。
視界には大草原と、遠くに点在する森が映る。そして空には、白くて大きな雲がゆっくりと東の方へと泳いでいく。吠え声以外は静かなものだ。このボンヤリとした時間が無限ように感じられる。こんな風に過ごせる日が来るなんて、数日前までは思いもしなかった。
「和みますね、レインさん」
「そうだね」
オリヴィエが僕の隣に腰掛けた。それは良いけど妙に近い。互いの距離は拳一個分くらいしか無い。何となく気まずさを感じて、少しだけお尻をずらした。だけどオリヴィエはさらに寄る。またずれる、尚も寄る。そうして僕は柵の端っこに追い詰められてしまった。
「あのさ、近いよね?」
オリヴィエはその言葉に、ニコリと微笑んだ。
「心の距離を表しているだけなので、問題ありません」
答えになってない。それでも彼女は『丸め込んでやった』という手応えを感じているようだ。角度をあげた口角がそれを雄弁に物語っている。
いっそ犬たちの方へ逃れようか……そう思っていたところ、耳元で懐かしい声が響く。親しみは感じない。それは僕を遊び半分で地獄に突き落とした、あの人物のものだったからだ。
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