第25話 騎士団より凶報

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第25話 騎士団より凶報

 あれからというものの、僕は一心不乱になって修行に明け暮れた。かつてのノルマである1000回など容易くこなせるようになり、今では他の訓練まで追加されている。例えば今。オリヴィエを背負ったままで、坂道を駆け上がっている真っ最中だ。 「レインさん、これで最後です。頑張ってください」 「行くぞぉーーッ!」 「すごい! お馬さんよりも早いです!」 「ラストいっぽぉーーん!」  当初は血豆が破れるほどだったけど、体とはいつしか慣れるもの。今では難なくこなす事ができている。 「随分と逞しくなりましたね。見違えるようですよ」  オリヴィエが僕の腕を撫でながら言う。それもそのはず。だいぶ筋肉がついてしまい、服も肩や腕回りがきつくなったのだ。一度新調したのだけど、もうワンサイズ大きなものを検討すべきかもしれない。余った袖なんかは縫うか切るかすれば良い。 「頼もしいです。本当にもう、神々しい程に」 「ねぇ、触りすぎじゃない?」 「そんな事はありません。これはイヤらしいものではなく、検査。そう、検査ですから」 「いらないよ。体の調子は良いんだから」 「神は仰いました。女子と触れあえるは、闇夜にシルクの心地と」 「その神様って、ひとつくらい品の良いこと言わないの?」  訓練も一段落ついたので、オリヴィエを背中から降ろそうとした。だけど割とゴネられる。振り落とそうとしても腕をギュッと強く締め付けられ、耳元で『シルクシルク』と囁くのだ。  こうなる事がお決まりとなっていたので、一時は石を満載した皮袋を背負ったりもした。その案が立ち消えとなったのは、オリヴィエがびっくりするくらい意気消沈したからだ。彼女には色々と感謝しているけども、時々見せる面倒臭さを解消できないものかと思う。 「おうリーダー。どんなもんだい?」 「今さっき終わったところだよ」 「よしよし。だいぶモノにしたようだな。じゃあ始めようか」  グスタフが木の棒を投げ渡してきた。持ちやすく、およそ長剣の長さがある物だ。今度は組手が始まる。オリヴィエもとうとう観念したらしく、大人しく背中から降り、遠くから見守る位置にまで退いた。  草木の無い拓けた場所で向き合う。この訓練もだいぶ変遷したものだ。当初は真剣が許可されていたのだけど、それもいつしか木の棒に差し替えられている。お互いの実力差が縮まってきた証拠だ。とは言っても、両者に隔たる壁は大きいものだった。 「踏み込みが甘いぞ!」 「うわぁッ!」  果敢に攻めては避けられ手首を打たれる。フェイントを織り交ぜて突けば、棒を蹴り飛ばされる。そして守りに徹したなら、懐に飛び込まれて投げられてしまう。芯まで響くような痛みが走る傍で、視界に映る青空が不釣り合いに感じた。 「何やってもダメだなぁ。簡単に倒されちゃうよ」 「いやいや、リーダーはだいぶ強くなってるぞ。それは間違いない」 「説得力ないよ。こっちが一方的にやられてるんだもん」 「そう拗ねるな。オレだって自分なりに散々訓練をして、これだけの力を付けたんだから」  それからも仕掛けては倒され、慎重になっては投げられる事を繰り返した。グスタフはああ言うけども、本当に強くなっているかは実感が持てていない。目に見えて変わったのは服のサイズくらいだ。焦りにも似た感情が、砂の味とともに押し寄せてくる。役職名も依然同じままだ。その一事が心を逆撫でして、苛立ちに拍車をかけていく。  聞いた話によると、訓練だけでは成長が認められず、実戦を経る事で初めて変化や昇格が起こるのだとか。つまりは次の依頼が来るまで辛抱強く待たなくてはならない。魔物や盗賊と向き合うような、危険の伴うものに巡り会えるまで。 「よし、そろそろ止めだ。飯食いに行こうぜ」 「はぁ、はぁ。結局、一撃も入れられなかったよ」 「まぁ気を落とすな。ここはひとつ旨いキノコ料理でも食って、明日以降の鋭気をだな……」 「ダメですよ。茸は昨晩食べています。三日に一度だけという約束ですよね」 「オリヴィエ、堅いこと言うなよ。つうか、毎日一食くらい食わせてくれよ」 「偏食は感心しません。それが元で、婚約者さんに嫌われても知りませんよ」 「グッ。それを持ち出されるとなぁ……」  グスタフが肩を落として溜め息をついた。歴戦の勇士といえど、オリヴィエの弁舌には歯が立たないらしい。度々異論や要望を叫んでは一蹴される場面を、これまでに何度も目撃してきた。そんな会話を挟みながら森から町へと向かう。  グスタフの意気消沈っぷりは僕の比ではなく、彼の方がよほど打ちのめされていた。それ程にまで食べたいのかと、病的な執着心には尊敬の念すら覚えてしまう。僕は色んな料理を食べたいタイプだから、毛ほどにも理解してやれなかった。 「おや? あれは何の騒ぎだろう?」  アルウェウスの町では異変が起きていた。入り口からすぐの中央広場。普段は人通りもまばらであるのに、今日に限って通り抜けが困難なほどに混みあっていた。石造りの壇上には、武装した男たちの姿がある。  群衆に尋ねてみても、何も答えは得られなかった。沈痛な面持ちで首を横に振るか、嗚咽混じりの悲鳴らしきものばかりが返ってくる。事態の把握が一向に捗らないまま右往左往していると、壇上の男が大声をあげた。居丈高で威圧感のある声。群衆は一斉に口を閉じ、静かに耳を傾けた。 「聞け、市民たちよ。我らはウェスティリア公国第二騎士団である」  それを聞いて驚く人は居なかった。既に何らかの方法で認識済みだったのだろう。騎士団を名乗る男は、周囲の静寂を切り裂くようにして言葉を続けた。 「たびたび世を騒がせる盗賊団の一味を捕縛した。これより衆人環視のもとで処刑を執り行う」  それから、縄で縛られた男が壇上に引き上げられた。両手足を封じられているので、身動ぎひとつ取れないようだ。前方を囲む頭が邪魔でよく見えない。何者なのか一目でも見ようと思い、人混みの中で頭を左右に振った。そしてようやく見えた顔。その瞬間に僕は衝撃を受け、思わず自分の目を疑ってしまった。 「お助けください! 私は潔白にございます!」  腹が大きく、恰幅の良い男が叫ぶ。彼には見覚えがある。もちろんオリヴィエやグスタフも同じ気持ちらしい。処刑台に引っ立てられた人物とは、僕たちがヒガンからアルウェウスまで護送をしたときの、荷主の商人だったのだから。
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