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第1章 桜の樹の下で
小さいけど、スタイルがよくて、顔もいい。
ちょっと生意気でいつもすまし顔。
そのくせおっちょこちょいだから、見てるとおかしい。
クールなリスみたい。
あ。
またぶつかった。
クラスの皆が少しずつあの子に気を取られてる。
そんなことには気づきもしない。
可愛い子。
*
「ぜったいやだ」
「亜沙美ちゃん。ママを困らせないで」
「だって……あと1周間しかないじゃん」
「ママも迷ってたのよ。でも中学に上がってから早々に引っ越すなら、この春休み中が一番いいでしょう」
「わたしここに残る」
「無茶言わないで。ママがお店に行ってる間は、誰かが亜沙美ちゃんのことちゃんと観ててくれるから心配ないのよ」
誰か――。
パパ、それかパパの子分のこと。
物心がついた時すでにうちは母子家庭だった。
ママは駅前で小さなスナックをやっている。
だからいつも夜はおばあちゃんと2人きり。
去年の夏休み、ママの彼氏を紹介された。
ママと2人の遊園地のはずが、駐車場に着いたら突然男の人が3人も現れた。
黒くて大きな車も、3人の服装や目つきも、どうみても普通には見えなかった。
一番背の高くて怖そうな人がママの彼氏で、わたしはその人とママに挟まれて遊園地を回った。
その人は、いきなりわたしのことを呼び捨てにした。
腰を屈めてわたしに見せたその笑顔は、見かけよりもずっと優しくて、嫌な気持ちはしなかった。
後ろから付いてくる2人組のことはちょっと気になったけれど。
その夜レストランで食事をしながら、ママはその人のことをパパと呼びなさいと言った。
近いうちに夫婦になるのだという。
わたしはずっとパパが欲しかった。
でもそれはもっと小さな時のことで、6年生になっていたわたしにとっては少々複雑だった。
男と女が愛し合えばどういうことをするかもう知っていたから、ママを取られてしまうような気がした。
それでも、ママの幸せを考えると結婚に反対する気はなかった。
わたしはその日から思い切ってパパと呼んだ。
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