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パパは海老名の大きなマンションに住んでいて、そこにママとわたしが引っ越して行くことになった。
いつかはそうなる気がしていたけれど、ママからの突然の宣告は、中学の入学式を10日後に控えた春休み中のことだった。
伝えなくてはならないのに、ただ時間だけが過ぎてゆく。
今日もいつもの公園で、その小さな背中ばかりを見て過ごした。
メールで伝えようと思い、何度も書いては消し、結局送信できなかった。
それにメールでこんなことを伝えたら、きっと怒るに決まってる。
喧嘩別れなど絶対にしたくない。
あさってはもう引っ越しだ。
明日、絶対に伝えなくては。
*
「なんか元気ないよ亜沙美」
5日目にしてやっと気づいてくれた。
今言わなくては。
自転車のブレーキが鳴った。
「ジム?」
「ああ。行ってくる」
芽衣にそう答えたのは、自転車のカゴにスポーツバックを積んだ純也だった。
去年まではいつも3人一緒だった。
幼稚園の頃からずっと。
先に中学に上がった純也は部活には入らず、ムエタイという格闘技を始めたらしい。
たまにしか見かけなくなった純也は、そのたびに背が伸びていて、今ではすっかり見上げる高さになっていた。
「あのね。2人に言わなきゃいけないことがあるの」
「なになに」
「何だよ? 大事なこと?」
呑気な芽衣と、すっかり声が変わってしまった純也が言った。
「うん。わたしにとっては凄く」
3人でブランコを漕ぎながら、わたしはやっと伝えた。
「明日、海老名に引っ越しするんだ」
芽衣がブランコから飛び降りて振り返った。
「なんでそんな大事なこと!」
戻ってきたブランコの直撃を受け、悶絶しながらも芽衣が叫んだ。
「バカ!」
「俺、ヒロちゃんに言ってくる!」
純也が自転車を置いたまま、駆け出した。
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