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抱き着かれた彼女は始めこそ照れていたが、僕の話を聞いてすぐに背中をさすってくれた。僕が気付かぬうちに泣き声になっていたらしい。なんとも情けない話である。彼女は不安になっている僕を慰めるため、耳元で心配させてごめんねと優しくささやいた。それから、もういなくなったりしないからと付け加える。
しばらくその状態でいると彼女が突然、星を見に行こうと提案してくる。理由を確認したところ、もっと君と一緒にいたいからだとはっきりと宣言される。僕が自分の顔が赤くなるのをはっきりと感じたので、それを悟られないようそっぽを向きながら了承する。今さらな話しな気がするが、やはり気恥ずかしい。
それから手早く準備を済ませ家を出発した。さすがにこれからどこか遠くに行く時間はなかったのだ、家の近くにある公園へと向かった。郊外にある公園ではなかったので星は綺麗に見えなかったが、彼女がいれば大した問題ではなかった。彼女と一緒に見ているという事実が大切なのだ。
それから僕たちはいつも以上に多くのことを話した。彼女との会話は呼吸をするように波長があいとても心地よかった。一度失ったと思ったことにより、この時間がいかに大切なのか再認識することができた。また自分がいかに目の前の幸福を当たり前だと思い込んでいたのかと痛感させられた。
しばらく会話を続けると、彼女は星空を見上げながら呟いた。冬の空も好きだと。僕は聞き覚えのある言葉に、なぜかと訊ねた。とても寒いけど空気が澄んでいるから。それのおかげで空に透明感があるからだと彼女は答えた。それから、君と一緒に見ているというのも大きな理由かなと微笑んだ。
結局その日は朝まで二人で話し込んでいた。月はすっかり光を失い、太陽が空を支配し始めていた。それと同時に、夜明けの冷たくもすっきりとした匂いが漂ってくる。もちろん実際に匂いがするわけではないのだが、朝の気配を嗅覚で感じ取ったのは事実だと僕は思っている。
僕は、冬の夜明けのすっきりとした匂いが好きだと言った。彼女はしばらくきょとんとしたあと、君は面白いことを言うねと子供っぽく僕をからかう。僕は思わず恥ずかしくなり、いつの空が好きだという変わり者には笑われたくないと苦し紛れの反論をした。彼女の温かく笑う表情が朝日に照らされて、何倍にも魅力的な輝きを放っていた。
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