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桜並木に囲まれた一本道。僕は一人大学に向かって歩いている。桜並木の隙間からは、桜色とは対極的な青色が顔を出していた。その交わることのない二色は不思議なバランスを見せながら、通る人々の目を奪っている。桜のピークが過ぎているのか、風にあおられるたびに桜の花びらが散ってゆく。その儚い散り方は一季節前の雪を思わせ、周りを幻想的な空間へと引き立てていた。
そんな鮮やかな空間の中で、僕は君に出会った。シンプルな色のワンピースに肩までかかる真黒な髪。後姿しか見えなかったが、なにか惹きつけられる魅力があふれ出ていた。儚げに舞う桜が彼女の姿を引き立て、それはこの世界の理から離れた神々しいものにまで見えたのを覚えている。
一言で言ってしまえば一目ぼれであった。後姿しか見ていないのにおかしな話であるが、僕は彼女から目を離すことができなかった。彼女は周りの人と変わらずただ歩いているだけなのに、それすらも気品のようなものを纏っていた。
それだけ綺麗な人に出会えたなら是非とも懇意になりたいものであったが、僕には声をかける勇気などなかった。単純に僕にそんな度胸がなかったのもあるし、何より僕が話しかけることで、彼女の纏っている雰囲気を壊すのが嫌だったのだ。彼女の不思議な雰囲気と、幻想的な桜並木が一つの芸術のようになっているのだ。僕にそれを壊す勇気などなかった。
結局僕は彼女に話しかけることもなくただ後姿を眺めるだけという猟奇的な行動しかとれなかった。あれだけ芸術的な人を、せめて目の前からいなくなるまでこの目に焼き付けておこう。それだけで十分僕は満たされる。心の底からそう思っていた。
しかしいくら歩いても、彼女は道を変えず僕の前を歩き続けている。そのまま僕は目的地の大学まで辿りついてしまった。そして前を歩いている彼女も、そのまま同じ大学の門をくぐっていった。確かに僕が歩いている道は大学に通っている人が使っていることが多いが、まさか彼女も同じ大学の人だとは思わなかった。それだけ彼女は、一般的な人とはかけ離れた雰囲気をもっていたのだ。
とりあえずこれにより、彼女が僕と同じ大学に通っていることが分かった。もちろん学年や学部が分かってはいないので大した情報にはならない。それでも僕は、彼女が同じ学内にいることが分かっただけで十分嬉しかった。これからも彼女と出会う可能性が残っていると分かっただけで十分だ。
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