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本を差し出したまま彼女に見とれていると、彼女からやわらかい笑みでありがとうございますとお礼を言われる。そのふわりとした笑顔が、神々しい雰囲気を崩し可愛らしい魅力を引き立てる。僕はあからさまにうろたえながら話題を探した。ようやく手にした機会なのだ。先ほどまで下心などなかった、ここで一気に下心が湧き出てくる。
しかしそんな簡単に気の利いた話題など出てこない。話題に困っていると今渡した本が、たまたま最近僕も読んだ本だと気がついた。僕は勇気を出して最近その本を読んだことと本はよく読むのかと聞いてみた。ここでそんなことを話す必要はないと言われたらそれまでの話である。むしろそう言われる可能性の方が圧倒的に高いだろう。
しかし予想に反して彼女は話題に乗ってくれた。僕もその作家が好きだと伝えたら嬉しそうに賛同してくれた。それからは彼女の方からもどういった部分が好きなのか、他にも好きな作家はいるのかと聞かれる。それからは互いに好きな本について語り合った。初めて話すのにも関わらず彼女との会話が、息があったかのように続いた。程よいテンポで話は続き、話が切れてからは心地よい静寂が二人の間を流れた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り大学まで辿り着いてしまう。彼女は僕がどっちに行くのかを訪ね、答えると逆方向だと言われた。名残惜しかったがそこまで付きまとうのもおかしな話である。僕は最後の勇気を振り絞り、彼女の学部と名前を聞いてみる。彼女はそれに対して快く回答してくれた。そこで彼女が異なる学部の一つ上の人だと分かった。学部が違うと棟も変わるので、今まで学内で会えないのにも納得できた。
彼女は最後に別れの言葉言った後、少し駆け足で学内へと入っていった。僕は彼女と初めて話せた幸福感から完全に浮かれていた。彼女との名前と笑った姿を思い出し、思わず顔が緩くなってしまう。周りから見たら完全に不審者であったが、気にはならなかった。
そんな僕の気持ちが伝わったのか、柔らかな風が吹きさわやかな匂いが鼻腔をつく。風に匂いなどあるわけもないし、僕の勘違いなのだろう。しかし心地よい天気と彼女と知り合えた事実が相まって、とても幸福な気持ちで体は満たされていた。
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