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感極まった俺は「母さん!」と呼びかけた――。
「なぁに?」
傘を差しながら、古い歯ブラシで墓の水受けを磨いていた妻が振り返る。
「え! あ、いや、その、キミを呼んだんじゃなくて」
「ブツブツ言ってないで、バケツにお水を汲んできてちょうだい」
『彼岸』と距離が近づく春分は、故人と思いが通じやすいと知ったのは、母が亡くなってからだ。
ゆっくり話したいなぁ、と墓を振り返ると、母が鬼の形相で俺に何かアピールしている。
慌てて戻ると、入れ替わりで妻が花筒を洗いに行った。
「母さん! どうした?」
「あそこのお店のじゃないわよ、このぼたもち!」
見ると、近所のスーパーの値札が貼られている。
「あ……」
墓前に供えるぼたもちは、「買ってきておくわ」と言う妻に甘えたのだ。それを、中身を見ずに持ってきてしまった。
「本当にうちの嫁は、意地が悪いったら!」
「喧嘩両成敗。母さんだって、あいつに散々嫌味を言ってきたじゃないか」と言いたいところだが、生前から二人に挟まれてオロオロするだけだった俺に、その勇気はない。
キーッとなっている母を「まあまあ」と宥めながら、水道のほうを見やると、妻と目が合った。
母の喚く声が聴こえたらしい。
妻は小さく舌を出し、ニヤッと笑った。
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