救急車とかパーティとか

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救急車とかパーティとか

次の日。 「う~、英語の課題は終わったけどまだニンジンの味が口に残ってる……朱虎のオニ……」 あたしがどんよりした気分で席に着いた途端、月城くんがすっ飛んできた。 「雲竜っ……さん! 昨日はごめんなさい!」 「あ、月城くん……えっ?」 いきなり深々と頭を下げられて、ぎょっとする。 「な、なに?」 「背中に刺青……があるなんて無責任に聞いちゃって……そんなことあるわけないのにな! は、ハハハ!」 月城くんの言葉に、あたしはどんよりした気持ちが一気に軽くなるのを感じた。 「俺のバカでゲスな好奇心のせいで雲竜……さんを傷つけてしまって、本当にごめんなさい! ゆ、許してもらえませんか?」 「そこまで言わなくても……許すも何もないよ。分かってくれればそれでいいから」 月城くんはものすごくほっとした顔になった。 「良かった……! 雲竜……さんが気にしてないなら本当に良かった、うん、ホント」 胸がじわっと温かくなる。 ああ、月城くんってやっぱり良い人だったんだ。あたしが傷ついたんじゃないかってこんなに気にしてくれてたなんて。 もしあたしに彼氏が出来るとしたら、やっぱり優しくてあたしを気遣ってくれる人が良い。朱虎は見た目から怖いし、何考えてるのか分からないところあるし、小言多いし厳しいし…… 「……って、あれ?」 あたしはふと我に返った。 何で今、朱虎のことを考えちゃったんだろう。 昨日風間君が言った『愛人』って言葉が、どこかに引っかかってたのかもしれない。 「あの……雲竜?」 「あ、ごめん月城くん。ちょっとボーっとしてて」 その時、乱暴に教室のドアが開かれた。教室が一瞬ざわめき、入ってきた人物を見てたちまちしんと静かになる。 振り返った月城くんがさっと青ざめた。 「げっ、昨日の……!」 「えっ、昨日のって……あれ、朱虎!?」 突然乱入してきた朱虎は、和やかだった教室内の空気を一気に凍り付かせながら大股であたしの机へ歩み寄ってきた。 「ひっ……! あ、あの僕は、何も」 朱虎を見たとたん、月城くんは直立不動になった。顔色はもはや青を通り越して紙のように白い。 「お話のところ失礼します。お嬢に急ぎの用がありまして」 「い、いいんですよ全然気にしないでください! じ、じゃあ僕はこれで失礼します!」 「あっ、月城くん!」 月城くんは脚をもつれさせながら全速力で離れていった。 せっかく仲直りできたと思ったのに、あの感じじゃもう月城くんが親しく話しかけてくれることはなさそうだ。 あたしは涙目になって朱虎を振り返った。 「ちょっと朱虎!? 教室まで入ってこないでっていつも言ってるじゃん! なんで……」 「組長が倒れたと連絡がありました」 続けようとした言葉が喉に詰まった。 「……え?」 「救急車で運ばれて、今治療を受けてます」 朱虎はあたしの鞄を掴んだ。 「すぐに病院に行きましょう。来てください」 「朱虎、おじいちゃんの病室どこ!?」 「こっちです。――お嬢、走らないで」 「そんなこと言ってる場合!?」 白い廊下を走っていくと、突き当りの椅子に座っていた人影がこっちを見て立ち上がった。 「志麻ちゃん、来たのか」 「斯波(しば)さん!」 斯波啓次郎(しばけいじろう)さんはおじいちゃんの右腕で、雲竜組の若頭だ。ちょっと小太りな体型にブラウンのスーツ、くせっけが入った柔らかそうな髪と黒ぶちの眼鏡。いつも困ったような下がった眉はいかにも優しそうなお兄さんって雰囲気で、全然ヤクザっぽくない。 「おじいちゃんは!?」 「心配いらないよ。今は処置が終わって少し休んでるところだから」 「処置って何!? おじいちゃん、何の病気なの!?」 「ええと……」 いつも穏やかな笑顔の斯波さんが、何だかこわばったような表情になって口ごもった。あたしはあたりを見回して、「雲竜銀蔵(うんりゅうぎんぞう)」と書かれたプレートがあるドアを見つけた。 「おじいちゃん、ここに居るの!?」 「そうなんだけど、今はちょっと……入らない方がいい」 慌てたように斯波さんがあたしを止める。不安感が一気に胸の中に広がった。 もしかして今、おじいちゃんはいろんな管に繋がれて死にそうになってるとか―― 絶望的な気持ちになりかけた時、目の前でドアが開いて賑やかな声が流れ出してきた。 「――じゃあね、銀ちゃん。また来るからね」 「お大事にね、銀蔵さん」 「銀さんがいないと寂しいわ。早く元気になってねえ」 ぞろぞろと出てきたのは華やかなドレスや着物姿の女の人たちだ。色気たっぷりで良い匂いがして、どう見ても看護婦さんじゃない。というか、昼間のお仕事してる感じじゃない。 ザ・夜の街! って感じの女の人たちは、斯波さんに頭を下げると去って行った。残り香まで妙に色っぽい。 「オヤジの、ええと、今親しくされている女性方だよ。お見舞いにいらしていて……」 固まったままのあたしに斯波さんが小さな声で教えてくれた。 ていうか、親しくされているって、それってつまり…… 「あ、あの人たち全員おじいちゃんの愛人ってこと!?」 「うーん、そうとも言う……かな……?」 「帰る」 あたしはくるりと踵を返した。 「ま、待って志麻ちゃん!」 「慌てて飛んで来たら、愛人とパーティしてるってどういうこと!? 心配して損した! 超元気じゃん!」 「ち、違うんだ志麻ちゃん! 彼女らはオヤジが倒れた時にたまたま居合わせて……あ、いや」 「はあ!? 倒れる前からパーティやってたってこと!? さいってー!」 「待って! 志麻ちゃんお願いだから待って!」 「お嬢」 斯波さんを振り切って帰ろうとすると、今度は朱虎が立ちふさがった。 「オヤジは倒れてからずっと、お嬢を呼んでました」 「え……」 「顔だけでも見せてあげてください」 すがるような斯波さんの眼と朱虎の圧に負けて、あたしはしぶしぶ病室のドアを開けた。
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