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「相良さんは、アンタでも手に負えないと思います。あの人は…すでに、判ってるんじゃないですか?」
「んー?何の事かな」
とぼけるように、坂口は自分のグレーのパーカーの紐を摘んだ。
ゴクリ、自分が唾液を飲んだ音が聴こえた。
「あの人は…普通のセックスじゃあ」
「そうだね」
クスクスと笑って、坂口は楽しそうだった。
武田はその笑う顔さえも、少し恐怖を感じ始めていた。
「武田君と相良君がそういうことしてた、って思うだけで…今の俺は」
坂口の太い指が武田の喉仏を掴んだ。
「…許せないんだよね…」
「ぐっ…」
武田は呻く。
坂口の体格は、武田のそれをはるかに凌駕しているのに、こんな風に掴まれては何もできない。
恐怖。
武田の心は恐怖に支配されていた。
「相良君のあそこにさ、武田君のちんこ入れてたんだ…ふふ。駄目だよ、そんなことしちゃ。相良君は俺のものなんだから」
「あ…ぐあっ…」
「あの耳に好きだって囁いた?ねえ。でも今は俺が全部支配してる。相良君の心も、身体も…武田君の入る隙なんか、もうないよ」
「は…はなせっ」
武田は坂口の手から逃れる。
けほ、と乾いた咳がでてきた。
坂口は紅く付いた自分の指の痕を見て満足した。
「別に俺は…もう、終わったこと」
「どうだかね」
「とにかく…あの人のことは気を付けた方がいい、アンタこそ相良さんに取って喰われますよ」
「くく。分かったよ、そんなに嫉妬に狂った目で見ないでよ。そうだなあ、武田君だっけ?…君には分からないかもしれないけど、俺は相良君の事、上手に愛せる自信がある」
「へえ」
「大きなお世話、ってこと」
「分かりました。忠告はしましたよ」
武田は咳をしながら中庭を出る。
木漏れ日は武田の身体を温めていた。でも、心は酷く冷え切っているのが分かった。
「俺…馬鹿だ…」
はあ、とため息を吐いて、武田は自分の講義部屋に急ぐ。
嫉妬、でしかなかった。
でも少し、相良の入れ込みようも怖さを感じる。
自分と相良は別れた。
でも――
もし、あのまま自分が別れられなかったら。
それを考えると、武田は心底怖くなり、構内の廊下で身震いするのだった。
自分の手が、武田の首を絞めるー
そんな夢に、武田は何度もうなされていたことを思い出した。
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