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小鳥の声が響く。
自室に差し込む光は、とても眩しくて武田は目を瞑った。
頭が少し痛くて、武田はこめかみに手をやりながら自室のドアを開ける。今日という一日始まるのが億劫だった。
本日の講義は午後からで、沖田は随分と遅い時間に目が醒めた。
姉の小百合もそのことを知っており、遅い朝食を用意してくれているのが、リビングに入ると分かった。
ホットコーヒーの匂いがとても清々しかった。
「あっくん、おはよう」
「おはよ」
にっこりと笑って、武田は姉を安心させる。
この子は昔からそうだったようで、姉の為ならどんなに汚いことでもやる癖に姉にはそんなところは微塵も見せない、そんな悪知恵の働く子供だった。
今でもそれは健在で、大学でも武田に懐くものはいない。唯一の存在が、相良、という男だった。
テレビのリモコンを取って、ニュース番組に変える。何だか訳の分からないショッピング番組に武田は辟易したからだった。
「あっくん、私見てたのに」
「ごめんねーちゃん。ちょっとニュース」
報道の画面が映り込み、武田はぼんやりとそれを眺めながらコーヒーを一口すすった。一寸甘すぎたかもしれなかった。
「ねーちゃん、このコーヒーは」
「はいはい、甘すぎるっていうんでしょ、こっちにもあるわよ、クリームだけにした方がイイかしらねあっくんは」
うん、と頷いて、コーヒーカップを交換してもらう。そのまま啜ると、ふんわりと香るミルクの後に来るコーヒーの苦みが美味しさを引き立てていた。
『…の、男は……解体し、……大学の…』
物騒な事件だ、そう思いながら画面を観る。
そこには、見たことがある茶髪の男が映っていた。
「…こいつ…」
画面を観ながら止まっている武田を見つめ、小百合は声を掛ける。
「あっくん、どうしたの?…トースト、焼けましたよ」
途端にガタガタと震えだす武田に、小百合は動揺する。
昔から何でも隠し事をして、自分をかばってきてくれた弟が心配でもあった。
「…あっくん…」
武田の目は尋常じゃなく揺れていた。そのまま、部屋の壁にぶつかりながら武田は玄関に走っていく。
「あっくん!ご飯は?」
小百合の呼びかけも空しく、武田は上着を引っ掛けると玄関から走り出し、そのまま駅の方に走り出した。
「何かあったのかしら…あら、殺人事件?物騒だわ」
機械的なアナウンサーの声だけが、武田家に響いていた。
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