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武田がその男を初めて見たのは五月ごろだったであろうか。
新緑もみずみずしく茂っていく頃、キャンパスの喫煙所で煙草を吸っている相良を見かけた。
声を掛けようと思って手を挙げると、相良は嬉しそうに笑って言う。
「篤志、久しぶり」
相良の笑顔を見たのが久しぶりだったので、武田は内心嬉しく思いながらおはようございます、と言う。
そう、武田は一年下の後輩、相良は先輩だった。高校の時からの先輩後輩の間柄だったのだが、同じ大学に入って、武田は相良のことが気になってしょうがなくなった。いつも泣いている、いつもさみしそうな相良を放っておけなかったのが一番だった。当然、そこには武田の邪な思いもあって、隣にいるだけだったはずが、関係を持ってしまっていた。
しかしその関係も空しく、男同士の不毛な関係は長く続かなかった。毎日泣く相良に、武田が合わせることができなくなり、別れたのはつい二か月前のことだった。
しかし、武田の方はまだ未練がある。
相良が笑ってくれさえすれば、もしかしたらもとに戻れるかも、そんな思いでいるのも確かだった。
「随分ご機嫌ですね。なんか、いいことでもあったんです?」
「ふふ」
ふわりと風のように笑って、相良は麗しい姿を見せつけて来る。どうしたのだろう、こんなに笑う相良を見たのは初めてかもしれない、武田はそう思った。
指に挟まれた煙草、それをそっと、隣の男が取り上げた。
「吸いすぎ、もうお預けだな」
その男は煙草を相良から取り上げると、灰皿に押し付ける。
「オイ、勝手なこと、すんなよ」
笑顔から途端に険しい顔になる相良を、その茶髪頭の男がにやにやしながら眺めていた。
「もう行こうぜ…ナニ、この子、後輩?」
「うん、高校んときの」
茶髪はどーも、と言って武田に軽く挨拶すると、相良を連れて喫煙所を出る。それを武田は見ながらはあ、と言い一つ会釈をした。
やたら相良の身体に触っている茶髪の男に武田は歯ぎしりをした。
嫉妬していたのだった。
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