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「実はこの前、一緒にご飯食べに行ったんです」
「え?」
武田は信じられないと言った風で訊いてくる。
「正気かよ、お前」
「まあ―流れで。しょうがないですよね。あの人、三年の坂口慶っていって。経済学部みたいですよ」
ふーん、武田は心底面白くないと言った風に相槌を打つ。そうこうしている間にラーメンが運ばれてきた。
「いただきます」
武田がそう言って食べ始めても、山崎は話すのをやめない。
「それで、あの坂口さんって人―、どうも相良さんのことを、ずっと一年の時から見てたって。ずっと好きだったみたいですよ」
武田はそのまま麺を啜る。山崎も、やっと麺に箸を伸ばした。
長く好きだったらいいのか、それなら俺は高校の時から相良さんが好きだった。武田はぼんやりそんなことを思う。
「相良さんも、あの人は特別だっていってましたよ。今までこんな人、いなかった、って」
「そりゃあめでたい。赤飯でも炊いてやるぜ」
武田が声を荒げてそう言ったので、山崎はやっと武田の気持ちを察したのか、黙って麺を啜り始めた。賑やかな店内では、二人の話は溶けて消えていく。
その日の油の匂いは、いつまでも武田の服について離れないでいた。
姉の小百合は、帰ってくるなり洗濯させろと言ってきた。
自分が相良を上手に愛せなかった、その思いだけが心に残っていた。
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